第 3 次 ソロモン 海戦

発行者: 10.03.2020

対決の第1ラウンドは、「霧島」・「愛宕」・「高雄」対「サウスダコタ」であった。「霧島」・「愛宕」の探照灯に照射され、至近距離から「霧島」・「愛宕」・「高雄」の砲撃を受けた「サウスダコタ」は多数の命中弾を受け中破し、更に「愛宕」・「高雄」・「朝雲」は10本以上の魚雷を発射発射したが、全て「サウスダコタ」の手前で自爆してしまった。しかし日本側はこれらの砲雷撃でこれを撃沈確実としていた。 実際は「サウスダコタ」は上部構造物や第3砲塔に損害を受けたもの機関は全く無傷であったが、レーダー・射撃管制システムに損傷を受けて戦闘継続は困難であり、更にワシントンとも逸れ、レーダー・通信状態が麻痺した現状で、状況を掴みきれぬまま交戦を続ける事は不利と判断し、艦長の トーマス・ガッチ 大佐は戦線離脱を命じた。   「ワシントン」はレーダーに日本戦艦らしき艦を捉えていたが、同士討ちを恐れ砲撃を控えていた(「サウスダコタ」が停電で通信不能だったため、どちらが日本戦艦か分からなかった)。 しかし「霧島」が探照灯を使用して「サウスダコタ」を砲撃したことで、敵味方が明確になると、第2ラウンドが幕を上げた。.

東方支援隊司令官: 原忠一 少将 [45]. レイテ沖海戦 れいておきかいせん.

太平洋戦争 たいへいようせんそう. 東亜放送 日の丸アワー 東京ローズ 大本営発表 パープル暗号 海軍暗号書D. 本作戦について事前に 軍令部 総長 永野修身 大将から上奏を受けた 昭和天皇 は「 日露戦争 に於いても 旅順 の攻撃に際し 初瀬 ・ 八島 の例あり、注意を要す」と、一作戦に対しては異例ともいうべき警告を発している [] 。日露戦争時、 旅順港閉塞作戦 が長引き、作戦がマンネリ化する中で、両戦艦が ロシア海軍 によって待ち伏せとして敷設された 機雷 に触雷、沈没し、6隻の 主力艦 中、一瞬にして2隻を喪失した戦訓を昭和天皇はよく承知していたのである [] 。しかしこの言葉が現地に届いたのは作戦開始後のことであり、そして昭和天皇の危惧は的中することになってしまった。.

カテゴリ : ガダルカナル島の戦い 年のイギリス保護領ソロモン諸島 太平洋戦争の海戦 日本の海戦 年の戦闘 年11月 夜戦. アメリカ海軍は日本軍の動きを察知すると、機先を制するように動き出した。 ニューカレドニア の ヌーメア にいた ウィリアム・ハルゼー 提督が ガダルカナル島 にいる アメリカ海兵隊 のバンデクリフト少将との約束を守るべく行動を開始し、ハルゼー提督は リッチモンド・K・ターナー 少将に陸軍第歩兵連隊、第4海兵隊補充大隊、第1海兵隊航空技術者大隊をガダルカナルに投入するよう命じ、また南太平洋海戦で受けた損傷を修理中の空母 エンタープライズ を中核に、新世代の ノースカロライナ級戦艦 ワシントン 、 サウスダコタ級戦艦 サウスダコタ 、巡洋艦ノーザンプトン、サンディエゴ、駆逐艦8隻をもって、第16任務部隊を編成した [19] 。ダニエル・キャラハン少将に対しては、指揮下の巡洋艦サンフランシスコ、ペンサコラ、ポートランド、ヘレナ、ジュノー、駆逐艦10隻の第67任務部隊4群をもってターナー輸送船団の護衛を命じた [19] 。海兵隊航空地上要員部隊は、輸送艦 ゼイリン USS Zeilin, APA-3 、 リブラ USS Libra, AK 、 ベテルギウス USS Betelgeuse, AK に乗艦し、ノーマン・スコット少将が率いる第62任務部隊第4群 巡洋艦アトランタ、駆逐艦4隻 に護衛され、ガダルカナル島へ向かった [20] 。.

太平洋戦争 中. 大日本帝国 満州国 汪兆銘政権   蒙古自治邦政府 ドイツ イタリア王国 タイ王国 自由インド仮政府 ビルマ独立義勇軍 対 イギリス アメリカ合衆国 中華民国 オーストラリア ニュージーランド カナダ オランダ フランス ソビエト連邦 、 他 連合国.

9 [] [] 335 [] ? 10m. [51]. Aircraft losses from Lundstrom, Guadalcanal Campaign.

同海戦において魚雷命中率の低さは勝敗に直結しなかったが、7か月後の第三次ソロモン海戦では、海戦の結末に大きな影響を与えることになった。ただし、日本軍は戦果をかなり過大に見積もっている。連合艦隊は、11月12日第1夜戦で「重巡洋艦5隻、防空巡洋艦2隻、駆逐艦3隻轟沈、重巡洋艦2隻、駆逐艦10隻大破」と発表 [] 。11月日第2夜戦ではノースカロライナ型戦艦に魚雷命中2本(さらに爆発音3)、アイダホ型戦艦に魚雷命中3本(さらに親潮が1本命中)、離脱中の戦艦と思われる大型艦の轟沈を第四水雷戦隊が目撃、合計「戦艦2隻撃沈、戦艦1隻大破、重巡洋艦2隻撃沈、駆逐艦2隻撃沈、重巡洋艦1隻大破、駆逐艦1隻大破」と発表している [] 。もっとも、宇垣は米戦艦2隻がガダルカナル島を離れつつあるという偵察報告を受けて「米戦艦2隻、大巡2隻、駆逐艦8隻が進入し、同一戦艦2隻を逸したり」と述べている [] 。. マレー作戦 真珠湾攻撃 ( ニイハウ島事件 ) マレー沖海戦 タイ進駐 シンガポールの戦い フィリピンの戦い ( バターン死の行進 ) 香港の戦い グアムの戦い ウェーク島の戦い 蘭印作戦 ビルマの戦い セイロン沖海戦.

金剛と榛名がヘンダーソン飛行場を砲撃

アメリカ軍では、ハルゼー提督がリー少将の第64任務部隊に対し「戦艦2隻、駆逐艦4隻は最高速度で北進せよ。あえて指示する。サボ島の東方付近へ向かえ」と命令する [] 。艦隊の任務は日本軍輸送船団の撃退だったが、燃料が最も多く残っている駆逐艦を集めただけの急造艦隊であり、司令官達は艦隊の練度に不安を抱えていた [] 。米艦隊の切り札は、日本の 大和型戦艦 と同世代艦である新鋭 ノースカロライナ級戦艦 ワシントン 、 サウスダコタ級戦艦 サウスダコタ と2隻が搭載する計18門の40cm砲であった。戦闘前、リー少将は「われわれは兵員の経験、熟練、訓練あるいは実行能力において、ジャップに優れているとはいえなかった。しかし、われわれはこの戦闘で敵を突き崩すことができると信じる」と記した [] 。ワシントンでは、乗組員の誰もが待ち望んだ艦隊決戦に興奮していたという [] 。.

大本営は「新型戦艦3隻、大型巡洋艦2隻、乙巡1隻、駆逐艦1隻撃沈、巡洋艦2隻、駆逐艦3隻、輸送船3隻大破炎上、わが方は戦艦1隻大破、駆逐艦2隻沈没」と報道したが [] 、11月18日午後3時の版では『巡洋艦8隻、駆逐艦隻、輸送船1隻撃沈、巡洋艦3隻、駆逐艦隻、輸送船3隻大破、戦艦2隻中破、わが方の損害戦艦1隻沈没、戦艦1隻大破、巡洋艦1隻沈没、駆逐艦3隻沈没、輸送船7隻大破、本海戦を第三次ソロモン海戦と呼称す』とトーンダウンしている []. 対するアメリカ軍は指揮官のキャラハン少将と次席指揮官のスコット少将が戦死し、軽巡アトランタは 掃海艇 ボボリンク に 曳航 ( えいこう ) されて離脱しようとしたものの13日夜に自沈した。ジュノーは13日午前中に 伊潜水艦 ( 横田稔 艦長)の雷撃により沈没し、駆逐艦カッシング、モンセン、ラフィー、バートンが沈没した。生き残った重巡サンフランシスコ(大破)、ポートランド(大破)、軽巡ヘレナ(小破)、駆逐艦オバノン(小破)、アーロン・ワード(大破)、ステレット(中破)、フレッチャーは西方に退避した。日本軍挺身艦隊はアメリカ軍に対する戦果を「重巡洋艦5隻撃沈、重巡洋艦2隻大破(1隻座礁)、防空巡洋艦2隻撃沈、駆逐艦3隻撃沈、駆逐艦6隻大破・中破( 遁走 ( とんそう ) せる1隻をのぞきいずれも沈没の算大なり)、魚雷艇1隻大破、以上所在敵全勢力を 殲滅 ( せんめつ ) せるものと認む」と報告している [] 。.

この時、両艦隊の先頭に立っていた「 暁 」が「アトランタ」を 探照灯 で照射し(日本側は「比叡」が照射したという説もあり)、その結果「暁」、「アトランタ」共々集中放火を浴びた。「暁」は蜂の巣にされ僅か15分で 轟沈 した。一方、「アトランタ」は「比叡」の初弾が艦橋に命中。アメリカ側の副将格であるノーマン・スコット少将が戦死し、その後も「比叡」や「長良」からの砲撃や、味方重巡「サンフランシスコ」からの誤射、そして「暁」から発射された魚雷等で大きな被害を被り、翌日自沈処分された。一方で「比叡」もキャラハン艦隊の砲火を浴び、少なからぬ損害を受け、艦橋への被弾で砲塔への電線回路が切断されて一斉斉射が不可能になった。 キャラハン司令官は「サンフランシスコ」に「アトランタ」への誤射を止めようと「射撃中止」を命じたが、艦内電話でなく隊内電話で命じた為に誤って味方全艦艇にその命令が伝わる、陣形がバラバラになっているのに「奇数艦は右舷、偶数艦は左舷を攻撃せよ」と命令を出すなど、アメリカ側の混乱を助長させた。.

第三次ソロモン海戦第1夜戦は、日米双方の索敵が遅れ、旗艦の戦闘不能や偶発的出来事によって「混乱の激しさは、海戦史上にその例を見ないもの」と チェスター・ニミッツ アメリカ太平洋艦隊 司令長官が評する夜間水上戦闘になった [96] 。日本軍駆逐艦は多数の魚雷を発射し、判明しているだけで朝雲8本、村雨7本、夕立8本、春雨2本 [97] 、雷6本で、五月雨は発射していない [98] 。13日午前1時25分、日本軍挺身艦隊に北方への退避命令が出る [99] 。各戦隊は味方と合流できないまま、単艦、あるいは少数艦のグループで戦場を離脱した [] 。日本軍輸送船団に対しては、有力なる米艦隊遭遇の急報により、反転退避命令が下る [] 。連合艦隊司令長官山本五十六大将はラバウルの第十一航空艦隊に対し、ガダルカナル島へ制空隊を派遣するよう命じた [] 。.

4 [] [] 152 [] [] 9230 [] []. B [10] [11] [12] [13] 2 3030. F4F SBD B [] 10F4F [] [] [] [] ! [43].

昨日の総合アクセスTOP10

日本軍輸送部隊も無事ではいられなかった。アメリカ軍偵察機に発見された田中輸送部隊は、ラッセル島北西の海域でガダルカナル島から飛来した攻撃隊、エンタープライズ攻撃隊、エスピリツ・サントを発進した陸軍B高空飛行中隊の反覆攻撃を受けた [] 。飛鷹の航空隊やラバウル航空隊の 零戦 、 千歳型水上機母艦 千歳 水上偵察機隊が船団上空を護衛していたが [] 、頑丈で強力な防御火力をもつBや、波状攻撃をかける SBD ドーントレス急降下爆撃機 を阻止することは不可能だった。また F4Fワイルドキャット戦闘機 との空戦で零戦隊にも被害が出た。エンタープライズはガダルカナル島に接近したので、アメリカ軍攻撃隊は何度も反復攻撃をかけることが出来た [] 。一連の攻撃により付近にアメリカ軍空母がいることを察知した日本軍第八艦隊は、第十一航空艦隊に索敵と攻撃を依頼した [] 。ラバウル基地から24機の 一式陸上攻撃機 が発進して米空母攻撃に向かったが、エンタープライズを発見できずに引き返している [] 。.

南機関 日本軍の進攻 第一次アキャブ作戦 泰緬鉄道 チンディット 第二次アキャブ作戦 フーコンの戦い インパール作戦 ミイトキーナの戦い 拉孟・騰越の戦い イラワジ会戦 シッタン作戦. 東方支援隊司令官: 原忠一 少将 [45].

Frank's breakdown of Japanese losses includes only soldiers on the transports, "a figure no American flier would have believed," p! 1313 521236 11 []第 3 次 ソロモン 海戦. [14] 2 [15] 1026 [16] 15111113 [17] 119 [18] ! [] 8,40cm9 [] [] 23 [] 1 []. [43].

秋のイベントにちなんだ「史実の鉄底海峡」第4回目は、ちょうど71年前の昨日深夜から今日未明にかけて起きた“アイアンボトム”本領発揮の戦いだ。

東亜放送 日の丸アワー 東京ローズ 大本営発表 パープル暗号 海軍暗号書D. 当時の日本の魚雷は信管の感度の調整ができた。魚雷の不発を恐れ感度を最大限に上げていたため、「ワシントン」の引き波(船が進む際に船首から出る、上から見るとV字型の波)にぶつかっただけで、片っぱしから自爆してしまったのである。 この問題は スラバヤ沖海戦 で判明していたにも関わらずにである。魚雷の開発者は「感度調整機能を付けたのは間違いだった」と回想した。 ちなみに米軍側は、魚雷の進路に綾波が壊滅させた米駆逐艦の残骸が浮かんでおり、それに当たって爆発したと考えていた。一部の魚雷早発についてはその可能性もある。. 関連人物の一覧 太平洋戦争の年表. 第一次ソロモン海戦 だいいちじそろもんかいせん.

K 41 816 [19] 10674 [19] USS Zeilin, APA-3 USS Lib. [] [] []. 10cm [81] 7 [83] [84] [85] [86] [87] [86] 3 [88] 11548 [89] 1 第 3 次 ソロモン 海戦 11 [91] 0 [92] [93] [94] 2 [95] [95] [95] [90] 62 [95]. [] 6 2 [] .

輸送船団は大損害を受けた。さらに午後1時35分、水上機母艦千歳の偵察機が「空母2、戦艦1、巡洋艦1、駆逐艦4」という米艦隊を発見 [] 、午後2時20分、讃岐丸の偵察機がアメリカ軍空母と戦艦2隻を発見し [] 、第七〇七航空隊索敵機がアメリカ軍艦隊との接触を続けた [] 。偵察の結果、日米双方が戦艦を含む強力な水上部隊をガダルカナル島に投入しつつある事が明白となった [] 。田中はガダルカナル島砲撃を行う第四戦隊(重巡洋艦 愛宕 、 高雄 )に続行し、同時突入することを決断した [] 。. 阿部中将が司令部を移した駆逐艦の雪風には戦艦用の大きな中将旗がマストに掲げられた為、敵機の目標となった。雪風は至近弾によって汽缶に亀裂が入り発電機も故障して最大速力発揮不可能となった他、爆弾の破片を頭部に受けた白戸水雷長が重体となった。時雨以下各艦も損害が累加していった [] 。午後3時、 ブイン 基地を発進した空母飛鷹航空隊(零戦9機)が到着したが、手遅れだった [] 。午後4時、阿部司令官は比叡の処分を指示したが [] 、40分後に山本長官より比叡処分待ての命令(午後2時40分発、午後4時38分着)が届いた [] 。この時、雪風は比叡に魚雷を発射していたという説もある [] 。ただし 戦闘詳報 には魚雷発射の記録はない。また阿部が雷撃処分を命じたのは第二十七駆逐隊(時雨、白露、夕暮)であり [] 、雪風では白戸水雷長が比叡護衛中に頭部を負傷し重体で雷撃処分指令を受理できる状況ではなかった [] (白戸水雷長はこの負傷により終戦後まもなく逝去 [] )。比叡の 西田正雄 艦長は総員退去と キングストン弁 開放の命令を発令した。比叡の乗組員は周囲を警戒していた駆逐艦5隻に分乗した。その後、5隻(雪風、照月、時雨、白露、夕暮)はガダルカナル砲撃に向かう外南洋部隊支援隊と同士撃ちに陥るのを避けるため、一旦西方に退避 [] 。西田艦長が 戦闘詳報 の草稿として作成したメモ(第三次ソロモン海戦から一週間後の11月20日作成)に「雪風に収容された後、GF司令部から「比叡の処分待て」の命令があり、それならば比叡に帰還すべきと申し出たが許されず、遂に比叡をそのままにして海域を離れた」とあり、比叡の雷撃処分は中止されたと記録されている [] 。夜になって山本長官より「比叡の人員を救助して北方に離脱せよ」との命令があった [] 。5隻は比叡を放棄した海域に戻ったが比叡の姿はなく、すでに沈没したものと判断した [] 。また、同じく比叡が沈んだかどうかの確認と、沈んでいない場合に雷撃処分を行うべく、ショートランドに向かっていた 伊16 も比叡が放棄された海域に到着したが、やはり比叡の姿を見つけることはなかった。5隻の駆逐艦は本隊に合同すべく北上し、13日午後10時に合流した [] 。.

日米双方の艦隊は混戦の末にガダルカナル島とサボ島近海から離脱した。輸送船団を指揮していた田中少将は、混乱した状況に活路を見出し、残存する輸送船4隻を揚陸地点の浅瀬に座礁させるという強硬策に出る [] 。日本海軍は、座礁させた艦長を処罰対象していたが、それをふまえての決断だった。第八艦隊参謀長も、輸送船の座礁には「揚陸効率が落ちる。 錨泊 ( びょうはく ) を行い、状況により 擱座 ( かくざ ) せよ」と難色を示している [] 。15日午前2時、船団はガダルカナル島タサファロンガの海岸にのりあげた [] [] 。駆逐艦9隻は、救助した陸軍兵を揚陸すると、午前2時30分にガダルカナル島を離れた。夜が明けると、アメリカ軍機による爆撃、陸上部隊からの砲撃により船団は炎上 [] 。結局、輸送船団は人の将兵、箱の弾薬、袋の米をガダルカナル島に送り届けて壊滅した [] 。.

4 [] [] 152 [] [] 9230 [] []. SBD161,64 [] 16 [] 2 [] 29202923 [] [] 1 [] .


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コメント
Teru 17.03.2020 01:11 答える

漂流する「比叡」は救援の駆逐艦部隊が到着するまでに同じく操舵不能の「ポートランド」と遭遇、砲撃を行うが命中弾は無かった。 乗員退艦後漂流していた「夕立」は、「ポートランド」からの砲撃で沈没した。   夜が明けると行動不能となった「比叡」に、ヘンダーソン飛行場からの米軍機が次々と襲いかかった。 日本側は航空母艦「隼鷹」によりなんとか上空援護を行っていた。 「隼鷹」は延べ23機の艦戦、3機の艦爆、5機の艦攻を直掩に送り、艦戦5機を失っている。 そこに現れたのが南太平洋海戦で戦没したはず(と日本側が勝手に思い込んでいた)の空母「 エンタープライズ 」だった。 ニューカレドニア 島で修理中だったが、ヘンダーソン飛行場へ航空機を輸送するべく艦内で作業員が修理を行いながら駆けつけたのであった。 「エンタープライズ」から飛行場へ向かう途中の 第10雷撃隊 が「比叡」を発見して雷撃し、ヘンダーソン飛行場で補給を済ますと、海兵隊機と共に再び攻撃しに戻ってきた。総員退艦と注水弁開けが命じられ、やがて「比叡」は沈没した。雷撃処分が実行されたかどうかは不明である。 日本海軍にとって太平洋戦争における初の 戦艦 の喪失となった。   翌日、「エンタープライズ」航空隊はヘンダーソン飛行場の航空隊と共に田中少将の指揮する輸送船団を攻撃し11隻中6隻を撃沈。更にはヘンダーソン飛行場砲撃を行った帰りの外南洋部隊を攻撃し、「衣笠」を撃沈、「鳥海」を大破させた。 一方、「霧島」他はオントンジャワ島沖で待機していた「金剛」・「榛名」・「隼鷹」と合流し艦隊の再編を行った。「霧島」や「長良」は「愛宕」・「高雄」らに同行する形で再びヘンダーソン飛行場砲撃を行うことになった。   日本艦隊喪失艦:比叡、衣笠、輸送船6隻、.

Machiko 16.03.2020 11:21 答える

周囲が明るくなると、アメリカ軍は比叡にとどめをさすため次々に航空部隊を送り込んだ。阿部司令官達が夜明け前に上空掩護を要請すると [] 、午前3時20分に空母 隼鷹 から零戦6機、 九九艦爆 2機(誘導機)が発進し、比叡の上空に急行した [] 。この日、隼鷹は延べ23機の零戦、艦爆3機、艦攻5機を直掩任務におくりだし、5機の零戦を失っている [] 。零戦隊に加え、 水上機母艦 讃岐丸 から飛来した水上機数機も比叡の警戒にあたった [] 。一方で、ブナ基地から第二〇四空の零戦6機が出撃していたが、天候不良を理由にラモス島上空で引き返している [] 。千歳隊の水上偵察機6機も、天候不良のため基地に戻った [] 。第七〇五空の一式陸攻も零戦隊を誘導しているが、その後の戦果は不明 [] 。. 日本艦隊は26ノットで南進していたが、猛烈な スコール におそわれ、速力を落とした [58] 。砲撃困難と判断した日本軍挺身艦隊はいったん北方に変針したが、天候が回復し [59] 、レカタ基地から発進した水上観測機も到達見込みとの報告が入る [60] 。午後10時40分、挺身艦隊はふたたび反転し、予定より約40分遅れてガダルカナル島海域に突入した [61] 。月齢3.

Umi 20.03.2020 14:58 答える

こうして日本軍の航空攻撃は失敗し、アメリカ軍はガダルカナル島に増援兵力を輸送することに成功した。12日午後、アメリカ軍はB爆撃機による航空偵察をおこない、ガダルカナル島に接近する日本軍艦隊を発見する [40] 。そこでターナーは自身の護衛艦隊から巡洋艦3隻(アトランタ、ジュノー、ヘレナ)、駆逐艦2隻を分離させ、キャラハン少将の艦隊に加えた [40] 。一方、12日午後3時30分、田中少将率いる輸送船団と護衛艦隊はショートランド泊地を出港した [41] 。. すると午後9時30分ごろ、駆逐艦綾波、軽巡長良、駆逐艦五月雨、電がサボ島西岸をまわって出現し、米艦隊に向け右砲戦・雷撃を開始、五月雨は魚雷8本を発射した [] 。米戦艦2隻は日本軍小型艦艇の砲撃をサボ島に設置された日本軍砲台の攻撃と誤認し、サボ島に副砲を撃ち込んだ [] 。一方、トーマス・フレイザー司令官が指揮する米駆逐艦部隊4隻(ウォーク、ベンハム、プレストン、グウィン)は日本軍水雷戦隊と交戦 [] 。ウォークは左舷に魚雷が命中、沈みはじめた艦から落下した爆雷が爆発して乗組員を殺傷し、分に沈没した [] 。プレストンは砲撃を受けて放棄された [] 。ベンハムも右舷艦首を魚雷命中でもぎ取られ戦闘不能となり [] 、のち15日夕刻に自沈した [] 。日本軍は綾波が米駆逐艦の砲撃と戦艦ワシントンの副砲射撃により炎上して沈没した [] 。.

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